2024年04月08日

甲州道中韮崎宿五海道中細見独案内道

昨日甲州道中韮崎宿五海道中細見道を歩きました。\(^-^)/
この長ったらしい五海道中細見独案内道って何ぞや?というと、韮崎市にある甲州街道の別ルートです。
『甲州道中分間延絵図』では韮崎宿から穴山橋まで釜無川の左岸を通りますが、右岸を通るルートが五海道中細見道です。
安政2年(1855)に大城屋良助が刊行した『東講商人鑑』のおまけ?「五海道中細見独案内」がベースとなっています。
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街道歩きのバイブルである今井金吾『今昔三道中独案内』では甲州道中のルートとして記載されているので、歩いているウォーカーは多いと思われます。
五海道中細見独案内で紹介されたルートが、地元では何と呼ばれてたのか分からないので「五海道中細見独案内道」としたけど、名称が長いので「細見道」などと短くしたい(笑)。
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おらは『甲州道中分間延絵図』を参考にして歩いたので、五海道中細見独案内道については別ルートがあるんだなくらいの知識しか持っていませんが、青春18きっぷの期限が迫っているのでこの機会に歩きました。
ちょうど甲府盆地の桜が満開なので、有名なわに塚のサクラを見ることができました。
ついでに桜巡りとして、山高神代ザクラもセットにして桜三昧の旅となりました。
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(わに塚のサクラ)

街道としての距離は寄り道含めて5.9km、2時間45分の旅。
歩数は8,647歩。
細見道に桜巡りを含めると20.3km、7時間25分の旅。
歩数は29,712歩。
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(山高神代ザクラ)

細見道は釜無川の氾濫で甲州道中が使えない時の迂回路として利用されたようですが、旧道としてなかなかヨカッタ。
おすすめの街道です。
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2022年09月02日

甲州道中内藤新宿 その07

先を進んで四谷四丁目交差点。
往時は交差点の東側付近に四谷大木戸がありました。
日本橋からほとんど一緒だった国道20号は、本来なら十字路だった四谷四丁目交差点を右斜めに“真っ直ぐ”新宿通りを進むのに、新道が造られ交差点が五叉路となり、平成3年(1991)に開通した新宿御苑トンネルに消えて、しばしのお別れ
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2022年07月14日

甲州道中内藤新宿 その06

さらにドーナツ模様の東福院坂(天王坂)を下ると、突き当たりに須賀神社の石段。
若い男女や親子連れが写真撮影しています。
当社は平成28年(2016)公開の劇場版アニメ「君の名は。」の聖地です。
当初は立ち寄る予定がなかったけど、正月のTV放映を観て感動して、せっかくなので聖地巡礼しちゃった。
アニメと同じ風景を眺めながら10分休憩。(^-^;
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須賀神社は、元は赤坂清水谷に鎮座したお稲荷さまで、さっきの西念寺と同じように、寛永11年(1634)江戸城外濠新設のため現在地に移転。
その後四谷天王社と呼ばれ、明治元年(1868)に須賀神社と改称されました。
三十六歌仙絵が区指定文化財。
宮司さんがいらっしゃる神社とはつゆ知らず、ご朱印帳を持ってこなかったので、坂本屋と並んで本日の2大ガクッ。(T-T)
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2022年07月04日

甲州道中内藤新宿 その05

愛染院
墓地に歴史上の人物2人の墓があるのでお参りします。
まずは高松喜六の墓。
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内藤新宿の生みの親で、元禄10年(1697)同志4人で幕府に宿場開設を請願。
翌年許可が下り、喜六が問屋・本陣を経営しました。
正徳3年(1713)没。
続いて塙保己一の墓。
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児玉郡保木野村出身で全盲の国学者。
文政4年(1821)の没後は隣りの安楽寺に葬られましたが、明治時代に廃寺となり、当山に改葬されました。
高松喜六の墓も塙保己一の墓も、ともに区指定史跡です。
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2022年06月10日

甲州道中内藤新宿 その04

愛染院の梵鐘。
宝暦10年(1760)に鋳造されたもので、第二次世界大戦中の金属回収令で供出されたものの、刻まれている百字真言が貴重として返却されました。
鐘楼は戦火で焼失しました。
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2022年06月05日

甲州道中内藤新宿 その03

次は四谷二丁目交差点を左折して、ドーナツ模様の東福院坂(天王坂)を下ります。
坂名になっている右手の東福院はスルーして、左手の愛染院へ。
西念寺と同じように、江戸城外濠新設のため、寛永11年(1634)麹町貝塚から現在地に移転しました。
駐車場のレンガ塀がさっき買い損ねたカステラに見えて腹減った…。
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2022年05月26日

甲州道中内藤新宿 その02

泣きながら次の角を左折すると西念寺。
服部半蔵正成が開基となり、文禄3年(1594)麹町清水谷に庵(安養院)を創建したのが始まり。
慶長元年(1596)正成の没後は安養院に葬られました。
当山は寛永11年(1634)江戸城外濠新設のため現在地に移転しているけど、境内に服部半蔵の墓があります(区指定史跡)。
区登録有形文化財の服部半蔵の槍も。
入口の案内板をロクに読まず、区指定史跡の岡崎三郎(徳川)信康供養塔は気がつかなくて、残念なことをしちゃった。(>_<)
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2022年05月15日

甲州道中内藤新宿 その01

四谷見附交差点で急いで日本橋の巻を終え、9:25慌ただしく内藤新宿の巻がスタート。
ふぅ。
しかし、こんなに頑張ったのに、四谷見附交差点から2つ目の路地の角にある坂本屋が、臨時休業で閉まってる!
明治30年(1897)創業のお店が作るカステラを楽しみにしていたのに…。
ガ━(゚Д゚;)━ ン !!!
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歩行日:2018年1月20日
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2019年08月19日

甲州道中日本橋 おしまい

さて、江戸時代に何もなかった場所に架けられた橋が四谷見附橋なら、往来のあった四谷見附に架かる橋名は何だろう?と調べたら、何と!「四谷見附橋」だって。
え!見附跡の橋の方が新しいの?と、またビックリ!
案内板の絵図を見ると、四谷門には通常の橋は架かっておらず、半蔵門と同じように、土橋で外濠の上を通っています。
土橋って名前がないのかぁ…。
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(四谷門案内板の絵図)

日本橋の巻の所要時間 2時間35分
万歩計Rの歩数 11,270歩
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2019年08月07日

甲州道中日本橋 その23

甲州道中は内藤新宿の巻となって四谷見附交差点から再び西に向かいます。
当日は気がつかなかったけど、後ろを振り向けば四谷見附橋という名の橋が架かっています。
現在の四谷見附橋は平成3年(1991)に架けられた2代目で、大正2年(1913)に架けられた初代四谷見附橋が、八王子市に現存しています。
長池見附橋と名前を変えているけど、平成5年(1993)多摩ニュータウンの長池公園に移設再建されました。
何故こんなところに?とビックリするけど、大正ロマン漂うアーチ橋が現代的な大型団地に巧く溶け込んでいるね〜。
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これは、後日ちゃらぽこ散歩会 改元記念特別企画「万葉の道・多摩よこやまの道を歩く!」に参加して知りました。
四谷見附橋は甲州道中の道筋ではないけど、感激したので載せておきます。
いや〜、2代目の四谷見附橋の写真を撮っていないのがホント残念。(^-^;
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